子どもの習い事で広がった親の世界|会社以外のコミュニティから学んだこと
子どもが習い事を始めた時、私が期待していたのは、当然ながら子どもの成長でした。
仲間ができること。
新しいことに挑戦すること。
負けて悔しい思いをすること。
そして、できなかったことができるようになること。
そんな経験をたくさんしてほしいと思っていました。
でも、習い事を始めて数年。
最近になって、ふと思うことがあります。
習い事を通して成長していたのは、子どもだけではなかったのかもしれない。
子どもの習い事をきっかけに出会った保護者の方々。
仕事も、育ってきた環境も、考え方も違う人たちと知り合い、話をするようになりました。
特に私にとって大きかったのは、同世代のお父さんたちとの出会いです。
大人になってから、会社とは関係のない友人や知り合いが増える機会って、意外と少ないんですよね。
今回は、子どもの習い事を通して広がった「親の世界」について書いてみたいと思います。
大人になると、新しい人間関係は意外と増えない
社会人になってからの人間関係を振り返ると、その多くが仕事を通じたものです。
会社の同僚。
取引先。
仕事で一緒になった人。
もちろん、それも大切な出会いです。
私自身、仕事を通じてたくさんの人と出会い、学ばせてもらってきました。
でも、どうしてもそこには「仕事」という共通点があります。
会社名や役職があって、仕事上の立場があって、そのうえで人間関係ができていく。
ところが、子どもの習い事はまったく違いました。
そこでの私は会社員でもなければ、仕事上の肩書きもありません。
ただの、
「○○ちゃんのお父さん」です。
相手も、
「○○くんのお父さん」
「○○ちゃんのお母さん」。
何の仕事をしているのかすら知らない状態から関係が始まることもあります。
これが、思っていた以上に心地よかったんです。
「父親」になったから出会えた人たち
子どもがいなければ、おそらく一生出会わなかった人もたくさんいます。
年齢も違えば、仕事も違う。
考え方も、家庭環境も違います。
それでも、「今日の試合すごかったですね」
「最近、子どもがこんなことで悩んでいて」
そんな会話から自然と関係ができていきます。
仕事上の利害関係がないからこそ、変に構えず話せることもあります。
特に、同世代のお父さんと子育てについて話せるのは、私にとって新鮮でした。
もちろん妻とも子どものことはたくさん話します。
でも、夫婦だからこそ意見がぶつかることもあるし、
父親同士だから話しやすいこともあります。
「うちも同じですよ」と言われるだけで、
「あ、悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」
と思えることもありました。
尊敬できるお父さんがたくさんいた
習い事を通じて出会った人たちの中には、
「この人、カッコいいな」
と思う人が何人もいました。
仕事が忙しいはずなのに、毎週子どもの試合を見に来る人。
誰とでも自然に会話できる人。
自分の子どもだけでなく、チームのみんなに声をかける人。
試合に負けても感情的にならず、子どもの話を聞いている人。
別に肩書きがすごいとか、収入がどうとか、そういう話ではありません。
父親として、人としてカッコいい。
同世代だからこそ、余計に刺激を受けます。
「自分もこういう父親になりたいな」と思うことが何度もありました。
男はいくつになっても「カッコよくありたい」のかもしれない
最近、そんなお父さんたちを見ながら思うことがあります。
男って、いくつになっても「カッコよくありたい」生き物なのかもしれません。
若い頃なら、仕事ができるとか、いい服を着るとか、
分かりやすいカッコよさに目が向いていた気がします。
でも父親になった今は、少し違います。
仕事を頑張る。
家族を大切にする。
休日に子どものために時間を使う。
誰かが困っていたら自然に手を差し伸べる。
子どもの失敗を責めるのではなく、黙って見守る。
そんな姿を見て、「こういうのもカッコいいな」と思うようになりました。
子どもの習い事に来ているはずなのに、気づけば私自身が周りのお父さんから学ばせてもらっています。
グラウンドの端で交わす会話から学ぶこと
特別に深い話をしているわけではありません。
子どもたちが練習しているグラウンドの端。
試合と試合の間。
送り迎えのちょっとした待ち時間。
そんな時に交わす何気ない会話です。
仕事の話。
子育ての話。
家族の話。
休日の過ごし方。時にはくだらない話もします。
でも、そこから違う価値観を知ることがあります。
「そんな考え方もあるのか」
「それ、うちでもやってみようかな」
会社にいるだけでは触れられなかった考え方に出会える。
子どもが、自分の世界まで広げてくれた。
そう考えると、なんだか不思議です。
子どもの習い事を通して、親も成長している
以前、娘が習い事を「辞めたい」と言った時、私は父親としてかなり悩みました。
続けさせた方がいいのか。
本人の気持ちを尊重した方がいいのか。
当時は子どもの成長について考えているつもりでした。
でも振り返ると、あの経験から一番学んだのは私だったのかもしれません。
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子どもが挑戦する。
親はそれを見守る。
その繰り返しの中で、親の方も少しずつ考え方が変わっていく。
習い事には、そんな側面もあるのだと思います。
子どもとの「今」を残しておく
習い事を見ていると、
「この時間も、いつか終わるんだろうな」と思うことがあります。
毎週の送り迎えも、試合の応援も、今は当たり前。
でも数年後には、それぞれ自分で行くようになるかもしれません。
そう考えると、何気ない今の時間も残しておきたくなります。
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まとめ|子どもが広げてくれた世界も、大切な財産になった
子どもの習い事は、子どものために始めたものでした。
もちろん、それは今も変わりません。
でも数年続けてきて思うのは、親もたくさんのものをもらっているということです。
父親になったから出会えた人。
会社とは違うコミュニティ。
自分とは違う価値観。
そして、「こんな父親になりたい」
と思わせてくれる同世代のお父さんたち。
どれも、子どもがいなければ出会えなかったものです。
子どもの成長を見守っているつもりが、いつの間にか自分自身も刺激を受け、少しずつ成長させてもらっている。
最近はそんなふうに感じています。
いつか子どもたちが習い事を卒業した時、
「毎週送り迎えするの大変だったな」と思うのかもしれません。
でもきっと同時に、
「あの時間、結構楽しかったな」とも思う気がします。
子どもたちがくれた出会いを大切にしながら、私自身も「カッコいい父親」に少しでも近づけるよう、まだまだ頑張っていきたいと思います。
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